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ロビンが退院する日、男はわざわざ仕事を休んでロビンを迎えに来た。
アクトーレスに連れられて、ポルタ・アルブスのエントランスに姿を現したロビンを、男は優しい微笑で出迎えた。
ロビンは既にヴィラ所有の家内奴隷(セルウィ・アルティエンセス)ではなく、男の所有する野外奴隷(クルソーレス)となっていた為、彼は服を着て、二本足で歩くことを許されていた。
男の顔を見ると、ロビンは嬉しそうに駆け寄ってきた。その身体を抱き寄せて、啄むようなキスをすると、初めて見るロビンの洋服姿に、男は目を細めた。
「ああ、よく似合っているね。私の見立てた通りだ」
「この服、ご主人様が選んでくださったんですか?」
「ああ。気に入ったかい?」
「はい。ありがとうございます」
素直に礼を言って、ロビンは少し気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ずっと裸で過ごしていた所為か、何だか変な気分です。二本の足で歩くのも久しぶりですし……」
「すぐに慣れるさ。……行こうか」
男はロビンを促して、車を待たせてある正門の外に向かって歩き出した。
「さあ、ここが今日からお前の家だ」
そう言って男が指し示した家は、街中から少し離れた閑静な郊外に建っている、庭付き一戸建ての瀟洒な一軒家だった。かつてヴィラに捕まる前、警官だった頃に暮らしていた安アパートとは比べようもない立派な家に、ロビンは驚いた。
車から降りたロビンは、しばしぽかんとしてその家を見上げていたが、やがて恐る恐る男の顔を見遣って、ぎこちなく訊ねた。
「あ、あの、ご主人様……」
「何だい」
「俺の為に、わざわざこの家を買ってくれたんですか……?」
「そうだよ。ひょっとして、気に入らなかったのかい?」
ロビンは慌ててぶんぶんと首を横に振った。
「いえ、と、とんでもありません。そうじゃなくて……俺の為にそんなお金を使わせてしまったなんて、何か申し訳なくて……ただでさえ、俺を買い取るのに、高い金額をヴィラに支払ったんでしょう?」
男は笑って、ロビンの頭を軽く叩いた。
「何だ、そんなことを気にしていたのか。これくらいの出費、私にとっては何てことないさ。さあ、おいで。中に入ろう」
そう言って男は、ロビンの肩を抱いて、家の中へと促した。
家の中はよく片付いていて、掃除も行き届いているようだった。よもや男が自分で整理整頓までしたのかと思い、ロビンは何とも言えない表情で男を見遣った。男はロビンのもの問いたげな視線に気付いて、やんわりと笑って言った。
「言っておくが、私が掃除までしたわけじゃないよ。家政婦を雇ってあるんだ。口の堅い人間を厳選して雇ったから心配しなくてもいい」
「そ、そうでしたか……」
一瞬、男が自ら家中を掃除して回っている姿を想像してしまったロビンだったが、違うと聞いてほっと息をついた。
「今日はもう帰ってしまったようだから、明日にでも紹介するよ。……コーヒーでも飲むかい? それともビールがいいかな」
「あ、じゃあ、ビールを……って、す、すみません、ご主人様に飲み物を用意させるなんて、俺──」
慌てたロビンに、男は鷹揚に笑って見せた。
「いいから。今日の私は機嫌がいいんだ。お前は病み上がりなのだから、そこで大人しく座っていなさい」
「は、はあ」
言われるままに、ロビンはソファに腰を下ろした。こんな柔らかい感触は久しぶりだった。
手渡されたビールを受け取り、口をつける。久しぶりに味わうアルコールは最高に美味かった。
男もロビンの向かいに腰掛け、ビールに口をつけた。グラスをテーブルに置き、男は言った。
「しばらくの間は、お前はこの家でのんびりと過ごすといい。退院したとは言え、まだ身体は本調子じゃないだろう」
「もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「あまり無理はしなくていい。体調がよくなったら、お前には仕事をしてもらうつもりだから」
「仕事……と言うと? 野外奴隷として、他の方に奉仕すると言うことでしょうか……」
一気に声のトーンが落ち、悄然と俯いたロビンに、男は苦笑した。
「違うよ、そうじゃない。誤解のないように言っておくが、私はそんなつもりでお前を買い取ったんじゃない。お前を他の男に触れさせるつもりなんか毛頭ないよ。仕事と言うのはそうじゃなくて、私の秘書として会社に出てもらうってことだよ」
「そ、そう言う意味でしたか……って、えええ!? 秘書ですか!? 俺が!?」
「そうだよ、何か問題でもあるかい」
「おおありですよ! 俺、サラリーマンなんてやったことないんですから」
「それなら心配いらないよ。仕事なら私が教えるし、お前は私に付いて、ゆっくり憶えていってくれればいいから。お前は頭のいい子だし、出来るだろう?」
「で、で、でも……」
「口答えはしない」
「……はい」
「と言う訳で、決まりだ」
何となく強引に決められてしまったような気がしたが、男が自分の為に色々と骨を折ってくれているらしいことはわかったので、それ以上は何も言えなかった。
その夜、男は久しぶりにロビンを抱いた。
ロビンが入院している間、手を出したくても出せずにいたので(他のヴィラの紳士達からすれば、我々はいつもそうだと文句を言われそうである)その分今夜は心ゆくまでその身体を味わい尽くすつもりだった。
彼が調教権を有している犬は何もロビンだけではないから、ロビンに手が出せなかったからと言って欲求不満になることはないのだが、やはりロビンは特別なのだった。
彼が決してロビンを手放そうとしなかったのは、ロビンのその愛らしく情の深い性質が愛しかったというのも勿論だったが、何より彼を虜にしたのは、ロビンのその身体の方だった。
ロビンを手に入れて以来、もう何度も抱いていると言うのに、彼の肉はまるで弾力を失わない。いつ抱いても処女のような貞淑さを失わず、男のペニスを柔らかく包み込み、それでいて吸い付くように絡み付いて男を酔わせるのだ。今までに抱いてきたどんな犬にもない、正に名器と言うに相応しい身体を、ロビンは持っていた。
誰にも渡したくない。麻薬のように甘美でありながら、いつまでも仔犬のように愛らしい彼を手放すことなど、もはや考えられないことだった。
これはもう、囚われたと言っても過言ではない。彼と言う存在を知ってしまったら、他のどんなに美しい犬を抱いたとしても、決して満足出来ないだろう。
他の誰の手もついていない、まっさらな仔犬の時の彼に出会えたのは、正に僥倖だったと言うべきか。
もし自分よりも先に、他の誰かが彼の調教権を取っていたら、その誰かは決してロビンを手放さなかったであろうから。
「あ……ぁっ……は……ご、ご主人様……ぁ……」
男の手管に絡め取られて、すっかり追い上げられたロビンが、目元を赤く染めて男を誘う。その甘い声と吐息、ほんのりと朱に染まった頬、それらのなんと甘美なことか。
いつまでも処女のようでありながら、その壮絶なまでの色気を孕んだ媚態ときたらどうだろう。この全てを吸い込むような深いエメラルドの瞳に、男は囚われたのだ。
恐らくは、初めてヴィラで彼の眼を見た時に、既に始まっていたのだと思う。
この犬は知っているのだろうか。それまでどんな犬にも深入りはしなかった男が、唯一執着したのは彼だけだと言うことを。
知らなくてもいい、と男は思った。彼が知る必要はない。犬を支配し隷属させることに悦びを見出すヴィラのバトリキが、たった一匹の犬に心を奪われたなどと。
「ご主人様……っ、もう……! は、早く……ぅ」
指だけの刺激で限界まで焦らされたロビンが、耐え切れずにねだる。男自身、もはや限界に近かったのだが、そこをあえて我慢し、更にロビンを煽る。
「早く……何だい? 何処に何が欲しいのか、はっきり言わないとわからないよ……?」
途端にロビンの顔が羞恥に歪む。散々男の手で開発され、すっかり淫乱な身体にされているのに、もう何度も同じ言葉を言わされているのに、ロビンはいつまでも恥じらいを忘れない。犬によっては計算高くわざとそういった態度を取ってみせる犬もいるが、ロビンは違った。
ロビンは恨めしげに男を睨んだが、男はわざとそ知らぬふりを装い、ロビンが降参するのをじっくりと待つ。
「ほら、どうして欲しい? いつものようにねだってごらん」
本当のところ、男の方も限界ギリギリで、これ以上焦らしたらどうにかなりそうなくらいに追い詰められているのだが、そんなこととはロビンは知る由もない。素直な彼は、素直でない上に根性の悪い主人の思惑にまんまと乗せられて、遂に男の望む言葉を吐き出した。
「あっ……ご主人様の……ペニスを、俺の……俺の尻穴に……入れて、ください……っ! ぁ、あ、ご主人様、早く……っ!」
悲鳴のような声を上げながらロビンが腰を突き上げ、早く、とねだる。男ももうこれ以上は我慢の限界だった。
ロビンの足を担ぎ上げ、ゆっくりと腰を進めると、ロビンが息を詰める。
「あ、ぁ……ご、主人、さ、ま……っ!」
ロビンの中は蕩けるように熱い。収縮する肉壁が男のペニスに絡みつき、精気の全てを吸い取られるかのような快感のさざなみが、男から次第に余裕を奪ってゆく。
「ロビン……!」
さらに深く腰を進めると、ロビンがすすり泣くような甘い声をあげた。その眦に薄く滲む涙は、苦痛のそれではない筈だ。男は唇でロビンの涙をすくい取ると、そのまま深く唇を合わせた。呼吸さえも奪い尽くすかのようなディープキスに、ロビンの後孔が一際収縮し、結合が深くなる。
「ご主人様……ご主人様……ごしゅ……じん、さま……!」
熱に浮かされたように切なく、何度も自分を呼ぶ甘い声に、男はうっとりと目を細めた。
ロビン、お前は知るまい。
お前があの若い男に犯されたと知った時、どれほど私が嫉妬の炎に身を焦がしたか。
全身を包帯で覆われ、死人のように横たわるお前の姿に、どれほど身の凍える思いがしたか。
あの時、思い知ったのだ。
自分がいかに、お前に囚われてしまっていたのかを。
もう後戻りは出来ないのだと。
お前には決して言うまい。
私の心をお前は知らなくていい。
──You are all I need.
お前がどんなに大切かなどと。
お前は、知らなくていい──
〜fin〜
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